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郷田真隆「プロの勝負力」

以前にも紹介した郷田九段のショートエッセー

ダイヤモンド社のリトルマガジン『経 kei』の2008年11月号(巻頭エッセイ)に寄稿していたもの。エッセイから引用はしたがエッセイそのものの内容については紹介していなかったので、ここにまとめておきます。


・ライバルの存在
二十年以上、同世代(羽生世代)のライバルとしのぎを削った経験が、今の自分の土台となっている

・将棋の強さ、即ち棋力に必要なものは構想力と積算力
構想力は「イメージ」、積算力は「読み」と言い換えることができる。
構想力とはこれから対局をどう展開していくかを描く力。アマとプロの差はここにある。
プロの将棋は時には十二時間以上対局し、最後は持ち時間がなくなる。最後の最後まで高い積算力を保ち続けたものが、勝利を手にできる。

・「自分に負けない」強さ
郷田は「自分に負ける」ということを次のように表現している。
勝負がいまだ互角で考える時間が数十秒しかないような局面では、集中どころかほとんど頭が真っ白になり、無意識で将棋を指している、なんてこともあります。
 そうなると、自分の直感(構想力を駆使して描いたイメージも含め)が頭の中にあるにもかかわらず、手が勝手に「勝率の高い手」を指してしまい、それがアダとなって負けてしまう・・・・・・ということもあります。これはまさに、将棋における「自分に負けた」状態で、私にも経験があります。

続けて、こう語っている。
 勝負を行う人間は、当然ながら勝率の高い手を指そうとします。勝率の高い手とは、過去のデータによる裏付けのもと、勝ちになりやすい手のことです。
 しかし「自分ではない誰か」の経験による、リスクの少ない手ばかり指していると、本当の意味で強くなりません。
 構想力を駆使し、自分なりの戦略を描き、オリジナルな手を指して道を拓いていくことも大切なのです。

人真似を嫌う郷田九段らしい言葉だ。ここで私は、『どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?』で深浦康市が語っていた言葉を思い出す。「研究は定跡を疑うことから始まる」のだと。情報を集めるのは大事だが、それはあくまでも素材にすぎず、最後は自分の構想力が試されるというあの話とも共通するものがある。


・「長い時間考える力」、集中力は実戦で磨かれる
対局では一手指すのに一時間、二時間考えることも珍しくはない。考えている本人にとっては一時間、二時間はほんの一瞬に感じられる。

 いくら長い時間考えることに慣れているとはいえ、人間が本気で集中できるのは、せいぜい一時間。どんなに長くても二時間だと思います。それ以上考えているということは、同じ局面を何度も考えては堂々巡りになっていたり、良い(かもしれない)方法が見つからない、先が見えて(見え切って)いないとき。ただやみくもに長く考えていれば良いというわけではないのです。
 この、「長く考える力」を鍛えるには、やはり実践が一番のような気がします。時間配分を念頭に置きつつ、集中して読みを続ける作業は、対局という本番の舞台でもっとも発揮されるのだと思います。
 また、相手が自分より強い、もしくは拮抗していればいるほど、勝負に対する真剣度や必死さも増します。そう考えると、レベルの高いライバルたちと闘い続けることで、結果として長く考える力も鍛えられるのかもしれません。


『どう羽生』の中で、羽生名人の強さの秘密として厳しい番勝負を一年中戦い続ける日常を送っていることが挙げられていた。羽生名人もまた、厳しい番勝負を戦う経験を積み重ねることで、郷田のいうような「長く考える力」を鍛えてきた。それは佐藤さん、森内さんら「羽生世代」のライバルにも共通して言えることだろう。


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[ 2011/01/29 15:00 ] 将棋 | TB(0) | CM(0)
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